もとにあたわぬわたしのこころ

 

「人間五十年、だ」

 愛唱句の一節を呟いた眼前の人は、片手の指を広げて五の数字を示した。

「人間は五十年も生きれば長生きだ、と人が唄ったんだ」

 波打つように指を折り、手の形は握り拳に姿を変える。

 数拍ほど無言の間を置いたのち、切り替えるように視線をこちらに向けてきた。

 いつもまっすぐにものを見据えるこの人の目には強い力があると、私は思う。

「なあ、メイチ」

「はい?」

 神妙な面持ちから一転、重さを取り払った普段の表情に変わった。その変化につられて気の抜けた返事をしてしまったが、どこか安心はしきれずにいる。

 ……この人が、名前を呼ぶとき。それは無意味ではなく、本当に“呼んで”いる。誰でもいい、目の前にいるから自分を呼んだ、などということは今まで一度もなかった。

 何を仰せつかることになるのか。あの人の言葉は、構えた私の予想をはるかに飛び越えて、

「おれはいつまで生きればいいとおもう?」

「……なに、を、(言って、)」

 言葉をうまく続けることができなかった。

 事も無げに問い掛けてきたあの人は瞼を伏せると、ひとつ息を吸って、吐いた。ゆっくりと目を開き、こちらを見据える眼差しは変わらず強い。

 会話の声、呼気、服の擦れる音、心音。それ以外は何も聞こえず、些細なはずのそれらがひどくやかましい。

「な、頼む」

 言いながら笑った。眉尻の下がった、困ったような笑顔だった。

「ころしてくれよ」