純真と純粋

 

「あの、すみません。せんとらるれいんすってどこにある、‥ですか?」

 街から少し離れたあたりを歩いていたら、たどたどしい敬語で女の子が話しかけてきた。見た目、6歳……前後、くらい。短いツインテールがかわいらしい子だ。

 知り合いでもないし、親戚でもない、ましてや記憶を掘り返しても一切覚えがない。とはいえ、別に見知らぬ相手だからといって無視をする趣味は持ってないけれど。

 セントラルレインスといえば、この星の中央都市だ。別の街からのお使いだろうか? 俺はその子の歩いてきた道が続く先を指さして、相手に行き先を示しながら答えた。

「セントラルレインスなら、道のそばに置かれている標識の通りに歩けば着くよ」

「わかっ、‥りました!」

「そうだ。今は時間に余裕があるから、俺も一緒に行こうか?」

「えっ!? ありがと!」

 そう言ってから一拍おいて、『しまった』と口を押さえたその子を見て微笑ましくなった。背伸びして敬語を使う気持ちも分かるので、使わなくていいとは言わなかったけれど。

 その子の歩幅に合わせて、少し遅めのスピードで俺も歩き始める。

「それじゃあ、セントラルレインスのどこに案内すればいいかな」

「えっと、アイネちゃんのところ、です。セントラルレインスのみなみもんでまってる、って」

「南門か、わかったよ。アイネちゃん、ってともだち?」

「うん、……あ。はい!」

 お使い、というわけではないようだ。友達と待ち合わせているのなら、遊ぶ約束か。

 南門なら、この道を辿れば迷うことなく着く。高い建物なら既に見えてきている。この子がまた自分の家からセントラルレインスに行くことがあっても、おそらくは迷わないだろう。

「おにいさんはおなまえ、なんていうの、‥です?」

「俺の名前? ラッシュ、っていうんだ」

「らっしゅ…ラッシュさん! アルミラ、おぼえた!」

 今更ながら、名前も知らない人についていくのはよくない。……と、言おうとして、やめた。

 そんなことを、名前を教えなかった人から教えられても、受け入れて貰えそうにない。この子はきっと、しあわせな毎日を送っているのだろう。それを崩すのは、大人げない。

 見知らぬ人相手でも、――慣れない敬語を使ってはいるが――臆面もなく話しかけることができる。それは、今までに『相手のことを知らなくても話しかければ快く答えてくれた』という経験の証左だ。それならば、自分もその内の一人であったほうが、きっとこの子も笑顔でいられるだろう。

 アルミラ、という名前を口にしたその少女は、俺の名前を復唱して、満面の笑みを浮かべた。

「アルミラ、って名前なんだ。アルミラちゃん、か……。うん、俺も覚えた」

「ほんと? ラッシュさんとアルミラ、ともだち?」

 ……そうきたか。

 名前を覚えあったら友達。違う、とは言えなかった。きっとこの子にとっては、そうやって出会い知り合えた多くの知人は友人という括りなのだろうな。

 答え方を少し考えたあと、首を傾げてこちらを見上げるアルミラに頷いてみせた。

「ともだち、……そっか。うん、ともだちだな」

「ほんとに!? アルミラのおともだち、ふえた! えへへ」

 喜びに少し照れた様子を混ぜて笑ってみせる新たな友人を見遣って、緩く笑った。友達、なんて。この歳になって――まだ若いと言える範囲とはいえ――増えるなんて思わなかった。これはきっと、彼女も友達は多かろう。こんなに純粋に『友達』と言われて、嬉しくないはずがない。

 話しながら視線を彼女から進行方向へ戻すと、大きく構えた門が随分と近くなっていた。セントラルレインスの南門。人待ちにその前でたむろする人影は多い。

 流石に俺も、見知らぬ人を探す方法は知らない。これは本人が向かった方がよさそうだ。

 ある程度人の顔が判別できるようになった頃に、アルミラに向き直った。

「着いた! ここが南口。どう? アイネちゃん、見つかった?」

「うん! ……あ。ラッシュさん、あの」

「ん?」

 ととと、と軽快な足取りで門へと近づいていく背中が、不意に振り向いた。

 こちらを見遣って、唇で弧を描く。片手を振り上げて、彼女は笑った。

「ありがと、またね!」

「うん、またね」

 別れを告げたのち、今度こそ彼女は背中を向けて離れていった。

 少し歩いて、いい時間だ。もくもくと立ち昇る雲が時折遮る日光は眩しく、空は高い。そろそろ昼時だろうか。師匠の元へ戻ろうか、あまり離れてもよくない。考えながら街に背を向けた時、見慣れた緑髪の人物が視界に入った。――師匠だ。

「師匠!」

「ラッシュ、お疲れ。……君はお人好しなところがあるね。長所だけれど、少し心配だな」

「え?」

 アルミラのことだろうか。……そんなに俺の水先案内は危なっかしかったかな。思い当たるフシがなく首を傾げていると、師匠は彼女の去っていった門の方を見遣った。

「まあ、いい。どんな心配も杞憂に終わる。それより……――ラッシュ、食事にしよう」

「あ、はい! わかりました!」

 先程歩いていった道を、今度は師匠とともに戻る。

 アルミラの話を師匠に語ると、師匠は突っ込んだ話はせずに相槌を打って聞いていた。

 ……アルミラが兵器支配区に頻繁に出入りしているということを知ったのは、昼ごはんのあとだった。