生憎の天気

 

「あーあ」

 肌にまとわりつくような、実に鬱陶しい、嫌な天気だ。風は大人しいのでまだいいが、こんな空では外に出ることすら出来やしない。

 頬杖をついたまま大きなため息をついたわたしを見て、同室で待機していた彼――ユーシェは眉を八の字に下げると、つられるように小さなため息をついた。わたしはそれを横目でちらりと見遣って、すぐに窓越しの空へと視線を戻した。

 お嬢さま。不意にそう呼ばれて改めて顔を向けると、彼は困ったような笑顔で、

「外への用事なら、わたくしが代わりに済ませてまいりますよ」

 などと言うので、気を遣わせてしまったか、と少しだけ自分の振る舞いを反省した。確かに今はこの空が憎らしいが、あまりにあからさま過ぎたかもしれない。かぶりを振って、今度はわたしがつられて困ったような笑顔になった。

「ううん、いいの。散歩する気が削がれただけだから」

「さようですか。こればかりは仕方ないですからね」

「そうね。そうだけど、……けど、ねえ」

 解ってはいるのだ。この空模様は、天から降り注ぐ神の恩恵だ。日差しと雨が手を取り合って草木を育むように、(実感はあまり湧かないが)わたしも恩恵を受けて生きているのには相違ない。たまにはこういう日も必要で、昼と夜がかわりばんこにやってくるようにこの空もいずれ様変わりするだろう。その“いずれ”がいつなのか分からないから、こうして憂いているわけだけれど。

 それに、同じような天気が続けばわたしはきっと、それはそれで先程のようにふてくされている気もしている。そして同じ部屋で、まるで先程とまったく同じ光景かのように彼は困ったような笑顔をしているに違いない。ああ、きっとそうだ。自分でもありありと想像できて嫌になったので、頭の中でぐしゃぐしゃに丸めてごみ箱に投げ捨てるように思考を放棄した。しかし今日という日は頭の中の動作まで思い通りに行かないらしく、丸めた想像図はごみ箱の縁に当たってその辺りに転がり落ちた。思考の隅から離れない鬱陶しい想像図に、時間を持て余しすぎたわたしの今の状態をまざまざと突きつけられる。ああ、

「暇だわ」

 言葉にするとますますその現実が重たくなって、二度目のため息を盛大についた。さっきの反省など知らない。わたしは暇だ。暇は人をだめにする、という言葉の意味が今はよく解る。今日はお気に入りの服を着て屋敷の外に出て、お気に入りの靴で宛てもなくぶらぶらと散策するつもりだったのに。そこまで考えてそれはそれでだめな人のような気がしたが、気のせいということにしておいた。

 しみじみと呟いたわたしの贅沢な言葉を聞いて、彼は少し思案顔で顎に手を寄せ数拍の沈黙を置いたあと、口元で緩やかな弧を描きながらひとつ頷いた。

「お嬢さま、お茶にいたしましょう。お茶と甘いものは、鬱屈とした気分を慰める何よりの供になるでしょう」

「ええ、お願い。――ああ、そうだわ。ユーシェ、あなたもいっしょにお茶にしなさい。ポットにはスプーン三杯分の茶葉を入れるの。あとは茶葉の種類もミルクやシュガーの量も、食器もお茶請けも全部あなたに任せるわ。あなたの好きなものを自由に持ってきて」

「かしこまりました」

 一礼して退室した彼を見送り、扉の蝶番が少しばかり古めかしさを訴えながら軋む音を聞き届けたわたしは、三度目のため息を吐き出した。

「……あー、もう」

 彼は何食わぬ顔でわたしが愛飲するアッサムを選び、わたしのお気に入りのカップを温め、小さな鍋で煮出したロイヤルミルクティーにわたしが好きなアステリの花の蜂蜜を添えて、わたしが屋敷に常備させているシフォンケーキに軽めの生クリームを掛けて持ってこさせるのだろう。ユーシェとは、そういう人だ。そして、穏やかな笑顔でわたしの愚痴を延々と聞いてくれるのだ。

 午前から甘ったるい空気に浸る予感が漂う室内から逃げるように窓の外へ視線を戻したわたしは、頬杖の角度を少し直してから彼が数えることはない四度目のため息をついた。

 窓に切り取られた空は透き通るように青く、陽の光は押しつけがましいほどに部屋を暖めていて、実に鬱陶しい。清々しい様相で一方的な優しさを当然のように運んでくる晴れの日なんて、まるでユーシェにそっくりで、

「やっぱり嫌いだわ」

 明日は雨が降るように願ったのに、ポットにはスプーン三杯分の茶葉を入れろと頼んだのに!